ある高校の行事「歩行祭」は、ただ80キロを歩くというだけのもの。
それだけなのに、無数の青春が煌めき、私たちを懐かしい高校時代のあの頃へとふと誘ってくれます。
夜のピクニック|恩田陸
皆さんの高校には何か特別な行事はありましたか?この小説の舞台である「歩行祭」は、マラソン大会でも運動会でもありません。ただ、歩くだけ。それだけなのにここには数々の青春が詰まっています。
この本は中学生の時に初めて読んだのですが、とても気に入っており現在に至るまで十数回読み返しています。
もうボロボロになるまで読んでしまいました笑。この小説の魅力を皆さんに伝えることができたらと思います。
恩田陸さんの文章の魅力
恩田陸さんの小説は何冊も読みましたが、この「夜のピクニック」と「黒と茶の幻想」は会話や人物の心の中の呟きが特に面白いです。最近では蜜蜂と遠雷が評判になりました。(早く読みたい)
日常の些細な謎や、日ごろから思っていること。高校生らしい、頭に浮かんだふとした疑問が何気ない会話として紡ぎ出されていきます。
「今頭に浮かんでたのは、みんなで電車ごっこしてるところかなあ」
「電車ごっこ?」
「そう。この歩行祭やってる全員を紐で囲んだらどうなるだろうって考えてたの」
「ずいぶん長い電車ねえ」
「どうなるの?」
夜のピクニックp115より引用
どうなるの?ちょっと読んでて突っ込んでしまいます。別にそんなこと考えても考えなくてもいいのだけれど、こういうちょっとクスッとなる会話が随所に出てきます。
しかしここにあるのはどうでもいい物語ではありません。みんなでただ歩くだけ。それなのにどうしてこんなに特別なんだろう。読み進めるうちに、そんな登場人物の声に共感している自分がいます。
友達と旅行に行くとき、移動しているときが一番楽しい感覚に似ているかもしれません。何を食べているわけでもなく、何を見ているわけでもないのに、ただしゃべっているだけでどこか特別です。そしてそれは旅行の中でも1,2を争う大きな思い出となります。
旅行の行きのバスとか、めちゃくちゃ楽しいですよね(笑)
80キロをただ歩く。しかし80キロ歩いている間、常に各々の心の声が鳴り続けます。
心の引っ掛かりを解く
この物語は甲田貴子(こうだたかこ)という女の子と西脇融(にしわきとおる)という男の子を中心に展開していきます。
2人は異母兄弟であり、周囲にはそれを隠しています。そして2人の仲は良いとは言えず、お互いの心の中でずっと煮え切らない思いがくすぶっています。
そんな中、貴子はこの歩行祭にある賭けをしました。他愛のない会話で進んでいくこの物語は、この貴子の賭けの物語でもあります。
それぞれの心の中を覗きながら、背中を押したくなったりハラハラしたりと楽しませてくれます。
高校の学校行事が蘇る
私がこの物語を何度も読み返したのは、高校の学校行事を追体験できるからなのかもしれません。決して派手なストーリーではありませんが、それがかえって自分の高校生活とこの物語を繋ぐハードルを下げてくれているような気がします。
あなたにもきっと淡い恋の物語や小さな葛藤。かけがえのない友人などの高校時代の思い出が蘇ってくると思います。
そして、これはとても羨ましいことですが、まだ高校生活を終えていない皆さんにぜひこの物語を胸のどこかにしまって欲しい。そう思います。
あなたの高校生活もまた、どうしてあんなに特別だったのだろうと思い返す日が来るのかもしれません。